8-4章 自我から意識へ / 持続可能な社会プラウトヴィレッジ 第二版



 謙虚で誠実なリーダーを選んでも、その周囲の大多数が自我の強い者であると、リーダーの意見は無視され、すぐに潰される。誠実なリーダーは誠実なリーダーやメンバーで囲むことが大事。それによって平和で穏やかな社会が持続する。


 国民がリーダーの選出に無知であったり無関心であったりすると、やがて独裁者がリーダーになる可能性が高くなる。その時、人々はこのリーダーを批判する。しかし国民の無知や無関心がその始まりである。


 自我はいつも攻撃する相手を探していて、もっともっとと際限なく物質的な物を求める。自我の強い人物が大統領や首相になれば、領土をもっともっと拡げようとする。そのためには武器も使い、姑息なこともして相手を攻める。そのため周囲の国が武装化して軍事力を高めても、様々な角度から揺さぶりをかけ、侵攻のためのすきを作ろうとする。各国のリーダーが自我の強い者である限り侵略はなくならず、戦争もなくならない。周囲の国からすれば、平和で安心という状況はいつまでも生まれない。平和な社会を築く唯一の道は、世界中で自我への囚われが限りなく薄い人物をリーダーに選ぶこと。それを世界中の人が理解し、そういった人物をリーダーとして選ぶ。そうでなければ平和な社会は根本的に生まれない。


 世界中の人が少なくとも平和な人をリーダーとして選ぶ必要性を認識しなければ、平和にならない。


 リーダーの言動と行動が一致しないことが増え始めたら、交代を考え始めた方が良い。誠実性のない本性が見え始めたためかもしれない。


 若いスタッフほど、自分の仕事での向き不向きを把握していることが少ない。そのためリーダーはその仕事ぶりを観察し、雑談などから性格的な特徴を聞き出す。関心を持って理解しようとするのは愛情。愛情は意識の性質そのもの。


 アドバイスをしなくてもただ話を聞いて共感するだけで、スタッフはリーダーを信頼し始める。話を聞き共感するというのは、相手を否定せず受け入れようとする愛情から来る。


 人は自分の体験を誰かに共感してもらえると、大きな喜びを感じる。反対に誰かに共感するということは、相手に喜びと力を与えている。


 リーダーが追い詰めるような話し方をすると、息苦しくなったスタッフは離れていく。追い詰める時、相手に恐れを感じさせてコントロールしようとしている。つまり自我からくる言動のため破滅に向かう。ただこれを逆手にとって、相手の成長を促す人もいる。その場合もきつくいった後は優しく気づかうなど、バランスをとっている。


 スタッフからのアイデアをリーダーが否定すると、誰も案を出さなくなる。


 リーダー自身が、話し方、接し方、頼み方、助け方を愛情、尊敬、感謝を含んだ前向きなものに変えると、スタッフの動きが変わる。


 よくおごってくれたり、よく物をくれたりする人がいた時、それだけで器が大きくおおらかな自我の薄い人だと判断してはならない。自我の強い者は見栄のために誰かにおごってあげたり、物をあげたりすることが多い。そうすることで自分の虚栄心が満たされる。


 リーダーはスタッフにとって耳の痛いことを言わなければならないが、それもたまににしないと、小うるさいだけになる。小うるさい人も相手のためを思って言っているが、相手の自我はその指摘を非難と感じ、抵抗して非協力的になるか攻撃的になる。


 人へのアドバイスは前向きな言葉をかける時もあれば、厳しい言葉、悲観的な見解を伝えるほうが伝わることもある。通常はポジティブ8割、ネガティブ2割を基本とし、時期や相手によってその割合を逆転するバランスが良い。厳しさが多いと人は離れていく。


 熟練者が初心者の取り組みを見れば、何が良くて悪いのかは大体すぐわかる。その時その場ですぐ指摘するより、その場では我慢した方が良い。毎回すぐに指摘が入ると、やってる方の自我は恐怖を感じ、思い切った行動ができなくなる。後で落ち着いた時に少ない回数でアドバイスする方が、相手も受け取りやすく萎縮しない。


 プライドが高く、耳がふさがっている人へアドバイスしても届かない。だから本人が失敗して恥をかくまで待つしかない。その時やっと、周囲の意見に耳を傾ける兆しが見える。閉じた耳を無理に開けようとすれば、自我はさらに頑固になる。ただプライドが高い人であっても、愛情を持って話を聞き続けてくれる人へは信頼を高め、意見に耳を傾けることがある。そういった意味で意識として在る人ほど、頑固な人の心を柔らかくしやすい。


 苦手な作業をしている人に厳しく指導しても優しく指導しても、改善はほとんど見られない。ただ優しく教えた方が、わずかだが改善されることがある。失敗を責めなかったことや協力してくれたことに対して報いようとするため。愛情を持って接することが基本となる。


 仕事でミスの多い人へは適材適所を見直すほうが良い。怒ってもやめるだけになる。適材適所で配置すると、問題はその人ではなかったことに気づく。新しい仕事が天職、適職に近いものほど直感が冴えてくるので、能力も発揮される。苦手なことをする時、直感に恵まれない。


 自我が薄く、誠実で仕事ができる人、理解力の高い人、意欲のある人、きっちりしている人、我欲を自制できる人、仲間を思いやる人など、これらのスタッフとは仕事がやりやすい。リーダーが多少しっかりしていなくても助けてくれる。これとは反対に、自我が強く誠実性の低い人との仕事は苦労が絶えない。その分リーダーは頭を使う。すると具体的な対応策が知恵となって身につく。リーダーを育てるには、後者の組織を任せるのが効果的。苦労と見れば苦しいが、成長や気づきのきっかけと考えると悪いものではなくなってくる。


 組織では、リーダーからの指示でも仕事をきっちりしない人もいる。その時は誰かと組ませてみる。仕事をきっちりしない人にも、信頼して安心できる仲の良い人がいたりする。この人と組ませると、相手との信頼関係を壊したくないからきっちりしようとする。自我は信用していない人を敵対視するが、信用している人からは嫌われたくないと思う。ただ劇的に改善されるわけではない。


 欲が強く自分の取り分の要求が強い人には、成功報酬型が適している。自我は自分のためなら大きな力を出せる。このタイプが組織で働くと、成果が出ない時に誰かのせいにしがちで、陰湿な空気が組織に生まれやすい。言い訳できない状況に置くことが適している。


 自我の強い人物と自我の薄い人物を同じグループで働かせるのは、できるだけさけた方が良い。自我の強い人物は自我の薄い人を利用し始め、自我の薄い人たちは働く気をなくしていく。


 組織もリーダーも、無心になり意識として在ることを基本とするものは調和へと向かう。

○お金の社会

 政治、経済、教育、福祉、医療、科学、娯楽など、あらゆる業界はお互いに影響し合っている。その中で起こる問題はほぼすべて、直接的、間接的にお金と関係している。その理由はこれらの業界の大外には「お金」という大枠があるため。この大枠を出た脱貨幣社会に解決策がある。


 裸で野原やジャングルで生活していた人間が宇宙へロケットを飛ばし、インターネットで国際交流をするまでに科学を発展させるには、お金の社会というのは効果的だった。それによりもっと得たいという自我が刺激され、競争と戦争が生まれ、技術、知性、組織が発達し、便利にもなった。ただその科学技術は地球環境に悪影響を与え、滅亡させるところまでやってきた。


 お金の社会では、お金がほしいという欲がある経営者の方が事業を成功させやすい。意識として在る人に、そこまでの欲はない。お金の社会でお金を持つことは権力を持つことでもあるが、お金を奪い合うという争いを基本としているため、平和な社会を築くことはできない。お金を得る必要がない社会を築く時、意識として在る人々がリーダーとして表に出やすくなり、争いがなく自然環境が守られる社会が築かれる。


 お金の社会では、頭の良さは良い学歴に直結し、良い学歴は良い会社への就職や安定した高い給与へとつながり、国にとっては他国との競争に勝つための人材育成へとつながる。お金を基準として社会の仕組みが形作られている。この仕組みは獲得を前提としていて、意識として在るという本質的なことを基準とはしていない。


 お金の社会では人間の欲望が増大するため、価値観が獲得に大きく傾く。お金の獲得、物の獲得、役職の獲得、名声の獲得、人の獲得、技術の獲得。獲得で喜ぶのは「私」という自我。自我は自然の循環が補える以上の資源を食い潰す。意識として在る時、獲得という欲は薄れ、自然の循環内の必要最低限の獲得のみとなる。


 お金の社会では自我の止まない欲は物をもっと作り、もっと売り、その分天然資源は使い続けられ、ゴミも増え続ける。経済成長はこれの繰り返し。経済成長に反比例して、自然環境は破壊されていく。


 もっともっとと求めるお金の社会は自我を強め、無心から遠ざける。そうして道徳も節度も薄れる。


 お金の社会は個人的な損得の社会なので、個人の利益を守るルールや規制が増え、複雑になっていく。


 ルールを細かく増やしても、それをかいくぐる者が出てくる。特にお金への欲が絡むと。


 薄味の食事に慣れると、貨幣社会の食べ物がいかに濃い味付けかがわかる。刺激は人を中毒にさせる。中毒にさせると儲けられる。病人も増える。中毒になるのも自我。


 お金の社会はお金の奪い合いの社会。だから勝つ者と負ける者が生まれる。こうして路上生活者や低所得者は、何百年と世界中で存在し続けている。お金の社会とは、みんなが普通以上の生活ができる仕組みではなく、不公平になる仕組み。それはお金を稼ぐことが上手い人が勝つゲームで、一部の大富豪がお金を独占し、大多数の人々が低所得者になる仕組み。


 お金の社会の過集中は効率的に利益を生み出しやすいが弱さもあり、災害などをきっかけに問題になる。都市への人口集中、一ヶ所での大量生産、収入源が一つの会社から、デジタル機器頼みなど。利益を追い求めない脱貨幣社会を築いた時、人口分布も農業も製造も分散型の社会が築かれる。


 どんな小さな会社でもお金の社会で事業を始めると、まず生き残ることが第一優先になる。すると自然環境などへの配慮が二番目以降になる。


 気の合わない人と毎日何時間も顔を合わせることになる。だからストレスになる。それが職場。


 仕事を早く終わらせてぼーっとしていると、サボっているように見られる。だから仕事をしているふりが多くなる。それが職場。


 1人だけ定時に帰ると非難される不安があるため、1〜2時間くらいのサービス残業をさせてられてしまう場所、それが職場。


 男は収入が低いことを恥に感じる傾向にある。「私」である自我は、収入の低さを能力の低さと感じ、負けと感じる。


 お金の社会では初対面の人に自己紹介する時、自分の仕事や役職を伝えることがある。それほど仕事は自分を表すものとなっている。だから無職だと、どこか問題のある人と見られがち。しかし世界中のほとんどの人は、できれば働きたくないと思っている。


 自己紹介で職種や役職を伝えるというのは、自我である過去の記憶、経歴を説明している。つまり本来の姿の意識のことではない。学生、アルバイト、フリーター、サラリーマン、経営者、政治家というように、自我に囚われるというのは過去の記憶を演じること。その自我は損得関係や上下関係を築く。すると真の友情は芽生えづらく、一時的な仕事上の付き合いになる。意識として在る関係は幼少期から10代までに築いた友情のように、上下や損得がない。


 天職、適職であっても、人気のないものやお金にならないものがある。すると生活できず継続が難しくなる。そういった意味で、お金の社会は人間の表現の幅をせまくする。


 生活費を稼ぐために毎日朝から晩まで働いて、頑張っていればいつか良いことがあると漠然と考えている人は、労働信仰に陥っている。それも常識という過去の記憶からくる思考。


 1人になる時間がなくなる。友達と遊ぶ時間がなくなる。自由に使えるお金がなくなる。その割に仕事のストレスと家庭への不安が増える。それがお金の社会での結婚。


 お金の社会の月曜日の朝は、多くの人にとって憂鬱。好きではない仕事や学校のために、頑張らなくてはならない。お金のない社会や好きなことをしている人にとってはそういうことは起こらず、今日は何をしようかとワクワクした気分になる。


○終わりに

 プラウトヴィレッジは科学技術なども組み合わせながら街づくりを行うがそれだけでは不十分で、人間の言動に直接つながる自我と意識について理解する人が増えることが鍵になる。どうして人間は苦しむのか、どうして争いや問題が起こるのかは全て自我と思考があるからであり、意識的に意識として在る人が増えることが平和で穏やかな社会を築く土台となる。そういった意味でプラウトヴィレッジと共に訪れるこれからの時代は、人間の精神向上の時代でもある。




著者 久保田 啓敬 / Hiloyuki Kubota

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contact@hiloyukikubota.com



持続可能な社会 プラウトヴィレッジ 第2版

著者 久保田 啓敬


版数

発行日

第1版

2020年7月9日

第2版

2023年6月1日

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