序文
この文書は次の要点について、物的証拠とともにまとめたもの。
1、世界中の古代からの宗教シンボルや神話に共通性が見られること。
2、全ての民族の宗教や信仰の出どころは同じで、少なくとも紀元前7万年頃の出アフリカまでさかのぼる。そこから各地に広がり、名称、シンボル、物語が独自に変化していった。
3、そのシンボルの一つの黄金比の渦模様は宇宙の渦巻銀河や自然にも見られ、この宇宙を形作る共通デザインの一つでもある。
4、共通シンボルは無である意識を表している。この意識は宇宙が誕生するビッグバン以前から存在するもので、人間の意識のことでもあり、全生命の根源的な姿。肉体は一時的な姿にすぎず、全ての意識はつながっている。各宗教ではこの意識を、創造主や神などと呼んでいる。
ここからは世界中の宗教の神話やシンボルに共通性があることを見ていく。
①2匹の蛇
2匹の蛇のシンボルは世界中の伝承や出土品で見られ、世界共通のシンボルとなっている。これに関連して虹蛇(にじへび)もシンボルとなる。
オーストラリアのアボリジニのヨルング族に伝わってきた神話を踊りで表現する儀式では、男性のダンサーが虹蛇(にじへび)を象徴する2本の特別な棒を持っている。つまりここでは虹蛇=2本の棒=2匹の蛇となる。
アボリジニには他にも虹蛇のユルルングル、エインガナ、ウングッド、ワナンビの話があり、同じオセアニアのフィジーにも虹蛇デンゲイの話がある。
西アフリカにも虹のヘビのマウウ(マウ)の話がある。また西アフリカの黒魔術であるブードゥー教でも虹蛇が見られ、蛇神ダンバラーウェイドが夫で、その妻が虹蛇の女神アイダ・ウェッド。この2匹の蛇がブードゥー教のシンボルとして描かれている。
ブードゥー教では絡み合う2匹の蛇も見られる。ギリシア神話ではヘルメース神が持っているのは、2匹の蛇が巻きついている杖カドゥケウス。
ヘルメース神。
同じくギリシア神話の神アイオーンの足元にも2匹の蛇の彫刻が見られる。アイオーンはユダヤ教やグノーシス主義でも登場する。
1010年に編纂(へんさん)されたイラン最大の民族叙事詩のシャー・ナーメ(王書)には、両肩に2匹の蛇を生やしたザッハーク王が登場する。
インドの蛇神(じゃしん)ナーガラージャ(ナーガとナーギ)も2匹の蛇が絡まった姿。これは古代中国の神である伏羲(ふっき)と女媧(じょか)と同じデザインで、ここでも2匹の蛇。
台湾の南部に住む原住民パイワン族のシンボルは、百歩蛇(ひゃっぽだ)という蛇。次の左の画像の祭祀用土器の浮き彫りに、2匹の百歩蛇(ひゃっぽだ)の浮き彫りが見られる。右の画像の左側の木彫板では頭に2匹の百歩蛇、右側では2匹の百歩蛇の蛇体の上に顔が刻まれている。
日本でも2匹の蛇は見られる。沖縄の北谷(ちゃたん)の海底に沈んでいるピラミッド複合施設には、長さ20mの2体の蛇の石像がある。
さらに日本の神社に見られるしめ縄も2匹の蛇が絡み合った姿で、蛇の交尾の姿。しめ縄は雷雲の象徴で、その間から垂れ下がるワラは雨、白いジグザグの紙垂(しで)は雷を表す。虹蛇も雨を降らせる力があると伝えられている。
栃木県の日光山には神橋(しんきょう)という橋がある。伝承では深沙王(じんじゃおう)が赤と青の2匹の蛇を放ち、その蛇は大谷川の両岸にからみあって虹のように美しい橋となったとされている。この橋が神橋(しんきょう)で、山菅(やますげ)の蛇橋(じゃばし)とも呼ばれている。このように2匹の蛇が伝承に見られることもあり、ここでは虹もシンボルとして登場した。
メキシコのマヤ文明の古代都市チチェン・ イッツァのククルカンの神殿の階段下部の左右にも、2匹の蛇が見られる。ここでは、昼夜の長さが同じになる春分と秋分の時期だけに太陽が西に傾くと、ピラミッドの影によって階段の側壁に明るい部分ができ、それが蛇の胴体となって階段下部のククルカンの頭像と合体し、巨大な蛇が姿を現す。ククルカンはマヤ神話の創造神で、3回にわたる人類の創造に関わったとされる。
そしてククルカンは、メキシコのアステカ文明の蛇神ケツァルコアトルと同一神。ケツァルが鳥の名前、コアトルが蛇で、空飛ぶ蛇。
南米のインカ帝国の国旗には、2匹の蛇と虹のシンボルが見られる。
北アメリカの先住民ホピ族にも2匹の蛇が見られる。ホピ族の中の熊族の主神サカムホナウは、古代に熊族へ3つの石板を渡した。その中の第2の石板の表面には中央にトウモロコシの木、その周囲に2匹の蛇に囲まれて何頭かの動物たちが描かれている。この2匹の蛇は、土地の境界線である2本の河のコロラド川とリオ・グランデ川を象徴する。
このように2匹の蛇は、アフリカ、ヨーロッパ、アジア、オセアニア、南北アメリカの各大陸で見られ、世界共通のシンボルであることが見えてくる。
②その他の共通シンボル
2匹の蛇以外にも数多くのシンボルが存在し、このシンボルを理解すると各国の古代の出土品の多くが共通のシンボルでデザインされ、つながっていることが見えてくる。例えば紀元前3000年頃のイランのジーロフト文化では、2匹の蛇が絡まったデザインの石のハンドバックが見つかっている。
このハンドバックの彫刻には他にも次のようなものがある。人物とサソリとヒョウのような動物、蛇のような下半身と角のある人物。
角のある2頭の牛、2匹の蛇と鷲(わし)。
2羽の鷲(わし)、鷲に絡まる2匹の蛇、2頭のライオンと牛。
これだけを見れば、この彫刻が共通のシンボルであるかは判別がつきにくいが、次にトルコのギョベクリ・テペの石柱を見ると共通のシンボルであることが徐々に見えてくる。
次は紀元前1万年頃のギョベクリ・テペの石柱のシンボル。時間的に7000年ほども違いのあるジーロフト文化と共通しているシンボルは、右上の2匹の蛇、ハンドバック、鷲(わし)、サソリ。他にも1匹の蛇、ハンドバックの右下のH型の模様、犬、トキ、小さなトカゲ、上部のジグザグ模様などの彫刻が見られる。また石柱がT字になっているのもシンボルの一つ。
2匹の蛇は、古代エジプトの有翼(ゆうよく)円盤でも見られる。真ん中の太陽の左右に2匹の蛇がおり、翼も彫刻されている。
有翼円盤の翼と同じデザインの鷲(わし)の装飾品も、エジプトで見つかっている。この鷲(わし)もジーロフト文化のハンドバックと似たデザイン。
ジーロフト文化の鷲のデザイン。
次の左の画像のエジプトの装飾品では、スカラベという昆虫を真ん中に置いた有翼のシンボルが見られ、その上にホルスの目、その上に上向きの細長い三日月のデザインが見られる。またこの画像では見えづらいが、このホルスの目の左右とスカラベの左右に、蛇の紀章ウラエウスが2つずつ見られる。右側の画像が蛇の紀章ウラエウス。つまり2匹で一対(いっつい)の蛇が2ヶ所。つまりここに見られるデザインも全て共通のシンボル。
ギョベクリ・テペとジーロフト文化のハンドバッグと鷲(わし)、エジプトの有翼円盤と鷲(わし)が同時に見られるのがメソポタミア。ハンドバックを持った鷲(わし)人間が2人左右にいて、中央上部に人が乗った有翼円盤が見られる。
ハンドバックを持つ鷲(わし)人間以外にも、普通の人間の顔としてや魚の格好をしたアプカルルという姿でも描かれ、有翼円盤も一緒に見られることがある。
メソポタミアの浮き彫りでハンドバックを持つ腕に、16枚の花弁(はなびら)がついたシンボルが見られる。これと同じものが日本の天皇の菊花紋(きっかもん)で、同じく16枚の花弁がある。
メソポタミアの鷲(わし)人間は片手にハンドバックを持ち、反対の手に松ぼっくりを持っている。
また一緒に描かれている真ん中の木は「生命の樹」。樹木信仰も世界中で見られ、ナツメヤシ、イチジク、オリーブ、オーク、トネリコ、キスカヌ、インドボダイジュの樹などが、宇宙樹や世界樹として崇められている。
メソポタミアによく見られる松ぼっくりのシンボルは、古代ギリシャ・ローマ時代の「サバジオスの手」の親指にも見られる。この手も数種類あるが、それぞれにシンボルがいくつかまとまっている。
サバジオスの手にも2匹の蛇の杖カドゥケウスが見られ、これも共通のシンボルがまとめられたものということが見えてくる。
また手の上に乗るサバジオスの頭には、三日月も見られる。
サバジオスの手で見られるトカゲは、ギョベクリ・テペの石柱でも見られる。
この他にも1匹の蛇、鷲(わし)の足、カエル、亀、山羊、天秤、授乳しながら寝そべる女性など無数にあり、それぞれのシンボルが各国の出土品で見られる。
サバジオスは人物像としても見つかっていて、ここにも松ぼっくりと鷲(わし)が見られる。このサバジオス自身もシンボル。
さらにこのサバジオスの像の左手には、木の棒に巻きついた1匹の蛇が見られる。つまり杖に1匹の蛇はアスクレピオスの杖、杖に2匹の蛇はカドゥケウスで、2種類とも共通のシンボル。
1匹の蛇と2匹の蛇を同時に見れるのがアイオーン。足元に2匹の蛇の彫刻、下半身から頭頂にかけて1匹の蛇が巻きついている。
紀元前1120年頃のメソポタミアのネブカドネツァル1世のクドゥル(大英博物館)にも、共通のシンボルがまとまっている。ここでは1匹の蛇、三日月、2頭のライオンの顔、鳥、亀、サソリがこれまで見てきたシンボルと重なっている。
上の画像の下から2段目の弓矢を持つ人物は、別の場所で有翼円盤に乗った人物としても見られる。次の左の画像の弓を持った人物は、メソポタミアの都市アッシュールを守護するアッシュール神。右の画像の有翼円盤はアケメネス朝ペルシャの都市ペルセポリスのもので、ゾロアスター教の守護霊フラワシ。これはこの世の森羅万象に宿り、あらゆる自然現象を起こす霊的存在とされている。森羅万象に宿るとは日本の神道の八百万の神とも共通する。
次のペルセポリスの有翼円盤の下部に見える菱形(ひしがた)の装飾は、トルコのギョベクリ・テペの石柱にも見られる。つまり菱形の装飾とその下のウエイト(重し)も共通のシンボル。
また雨を表す日本のしめ縄から垂れ下がるワラもこのウエイトと同じデザインで、共通のシンボルということ。
次のメソポタミアの円筒印章(えんとういんしょう)には、有翼円盤、三日月が見られ、これが共通のシンボルで描かれていることがわかる。
この上の円筒印章の有翼円盤の左に7つの星があり、右端に八芒星(はちぼうせい)が見られる。これも次のメソポタミアの青銅製魔除け板(イラク、紀元前800年頃、ルーブル美術館蔵)にシンボル図としてまとまっている。この図を持っている魔神パズズはライオン顔で、アイオーンがライオン顔だったり、ジーロフト文化のハンドバックにも2頭のライオンが描かれていた。このパズズの顔の下に八芒星が、同じ段の右端に7つの星が見られる。この最上段には神のシンボルが並んでいる。この図にはこれまで見てきた有翼円盤、三日月、魚の格好をしたアプカルル、弓矢なども見られる。
次のメソポタミアの浮き彫りでは、三日月の中に12芒星が見られ、下の方には梯子(はしご)のシンボルも見られる。
別のメソポタミアの浮き彫りでは、左上に三重冠、有翼円盤、三日月、2本の角、八芒星の5つのシンボルが見られる。さらに胸のところに十字があり、左手には丸い玉がついた杖を持っている。
この丸い玉の杖とザクロを持つ人物の浮き彫りや、有翼円盤に入った人物がザクロを持つ浮き彫りもある。
このザクロもエルサレムにあったとされるソロモン神殿の入り口で見られ、ボアズ(BOAZ)とヤキン(JACHIN)という名で呼ばれている。
③女神像
世界中で見られる古代からの女神像にも共通点がある。例えば、胸を露出している、その胸を触るか胸の下に手を置く、へそがある、三角形の下着をはいている、下半身が太い、渦模様があるなど。次の画像は左から、バビロニアの女神イシュタル像(紀元前2000年頃)、エジプトの女神像(紀元前3800年頃)。
左から、イラクの蛇顔の女性像、長野県の縄文ヴィーナス、マルタ島の女神像。
次は紀元前3万8000年頃から600年頃まで古い時代からの各国の女神像で、胸を触るポーズや体型が似ている。左からドイツの女神像(紀元前3万8000年頃)、ロシアの女神像(紀元前2万6千年頃)、オーストリアの女神像(紀元前2万5千年)。
左からフランスの女神像(紀元前2万3千年頃)、チェコの女神像(紀元前2万4800年頃)、シベリアの女神像(紀元前1万8千年頃)。
左からトルコのギョベクリ・テペの女神像(紀元前9500年頃)、ギリシャの女神像(紀元前5500年頃)、エジプトの女神像(紀元前4400年頃)。
左の二つは中国の女神像(紀元前4000年頃と3500年頃)、イタリアのサルデーニャ島の女神像(紀元前3500年頃)、パキスタンのメヘンガルの女神像(紀元前3000年頃)。
左からインダス文明のモヘンジョダロの女神像(紀元前2500年頃)、南米エクアドルの女神像(紀元前300年頃)。
こういった女神のシンボルは「サバジオスの手」で見られる。その手の下側には、女性が子供と寝そべり、授乳している女性が見られる。
寝そべる女性で知られているものに、地中海のマルタ島の女神像がある。体型、手の位置、へその彫刻など、各国の女神像と共通している。また立像の下腹部には三角形の下着のような彫刻も薄っすら見える。
また、子供に授乳している女神像も各国から数多く出土している。左から順に、地中海のキプロス(紀元前1300年頃)、メソポタミアの蛇顔の女神(紀元前5500年頃)、スペインのマラガの女神像、シリア(紀元前4500年頃)。
左から、インダス文明のメヘンガル(紀元前2700年頃)、エジプトのイシス(女性)とホルス(子供)、ヴィンチャ文明(紀元前5700年頃から)、インドのクリシュナとヤショーダ(1100年代)。
左から、東京の縄文時代の子抱き土偶(紀元前3000年頃)、茨城県黄金塚(こがねづか)古墳の乳飲み児を抱く女性埴輪(600年頃)。
次の左側の縄文土器には2つの顔が彫刻されていて、下側の顔の一段上に三日月も描かれ、その中には薄く渦模様も見られる。この土器にある2つの顔と同じ顔が右側の長野県の縄文のヴィーナスに見られ、耳の上には渦模様も彫刻されている。この像も下半身が太く、胸が出て、へその彫刻がある。
紀元前3400年頃のシリアから出土している目の女性像も、胸が出ていること、三角形の下着、体にジグザグ模様も見られる。ジグザグはトルコのギョベクリ・テペの石柱でも見られた。
同じくシリアからは目の女性像が多数出土しており、体にジグザグ模様がある。
また、石のハンドバックが出土した紀元前3000年頃のイランのジーロフト文化では、下の左の画像のように両手で2匹の蛇をつかむ角のある人物が描かれている。同じポーズの像は紀元前2000年頃のギリシャのクレタ島からも見つかっていて、右の画像の2匹の蛇を両手でつかむ胸の出た女神像。
この同じポーズはエジプト、ヨーロッパ、中東、インド、南北アメリカでも見られ、共通のシンボルとなっている。左側の画像ではエジプトのホルスが両手に2匹の蛇とサソリを持っていたり、右側は同じくエジプトで、アンクという十字から生えた手がウアス杖を持っている。ホルスは男根があるので男。
左からアフガニスタン、イラン、スコットランド。
次の左の画像は、南米のインカ帝国で長いものを両手に持った神ビラコチャ。右側の北アメリカの先住民ナバホ族の神エイ(Yei)は、トウモロコシとともに描かれる。
インドのインダス文明の印章では両手にライオンをつかんでいる。
インドのインダス文明の別の出土品にも同じポーズの女神が見られるが、その上下に六芒星とゾウが彫刻されている。
④黄金比の渦模様
エジプトのホルスの目や、鷲(わし)、蛇の紀章ウラエウスなどは共通のシンボルということだったが、次のエジプトの装飾品にはそれに加え黄金比の比率を多分に持った渦模様も見られる。
黄金比の曲線は自然の中にも見られる。
この黄金比の曲線や渦模様が、紀元前1万年頃から各国の遺物に見られる。アフリカのフェールヌークパンでは、直径175mもある渦模様の地上絵が存在する。
長野県より出土の縄文のビーナスの黄金比の渦模様。
⑤切込み接(は)ぎの石積み
次の画像のようにメキシコのテオティワカンのケツァルコアトル神殿には、赤丸で囲んだ部分に多角形の石を組み上げた切込み接(は)ぎという石積みが見られる。その近くには黄金比の渦模様も見られる。つまり切込み接ぎもシンボルということが見えてくる。
この切込み接(は)ぎも世界中で見られる。南米ペルーのマチュ・ピチュ。
中東レバノンのジュピター神殿。
イタリアのローマのコロッセオ。
モアイ像があるイースター島。
奈良県の岩屋山古墳。
大阪城。
エジプトのメンカウラー王のピラミッド。
⑥ ピラミッド
エジプトのギザの3つのピラミッドは、オリオン座の真ん中の3つ星の配列で並んでいる。メキシコのテオティワカンにも3つのピラミッドが見られるが、中央のピラミッドの位置は若干ずれている。エジプトのピラミッドやテオティワカンには切込み接(は)ぎの石積みもある。
フランス、ギリシャにもピラミッドが存在する。
グーグルマップ
1.フランスのファリコンピラミッド (43°44’59.65″N 7°15’37.33″E)
2.ギリシャのピラミッド (37°35’14.15″N 22°40’16.97″E)
メキシコのマヤ文明のピラミッド。
ククルカンの神殿の2匹の蛇と階段横に浮かび上がる胴体。
中国の西安(せいあん)にある始皇帝陵もピラミッド。
その西安には、少なくとも29個のピラミッドが存在する。
グーグルマップ(34°22’28.75″N108°41’12.21″E)
奈良県明日香村にある都塚古墳(みやこづかこふん)は階段ピラミッド。
⑦ 平面図や衛星写真の黄金比
古代の遺跡は、黄金比を用いて敷地の設計がされていることがある。同様の場所から切込み接(は)ぎの石積みや黄金比の渦模様が見られることもある。多くの場合、2つの黄金比を大外(おおそと)合わせで揃えて置くと、中央に重なる部分ができる。その重なった部分に合わせて神殿への階段幅などが決められている。その黄金比の中にできる3〜4個目に小さい黄金比に合わせて、通路幅、柱の間隔、部屋の大きさが決められていることもある。それが紀元前1万500年頃から1700年頃まで継続して見られる。
紀元前1万500年頃のエジプトの三大ピラミッド。
紀元前5000年頃のメソポタミア文明のエリドゥ。
メソポタミア文明のウルのジッグラト。
マヤ文明のチチェン・イッツァの戦士の神殿。
ローマ帝国のティトゥス浴場。
日本の唐招提寺。
カンボジアのアンコール・ワット。
中国の紫禁城(しきんじょう)。
イランのジャーメ・モスク。
⑧ ドルメン
石の柱の上に天井石を置く形をドルメン(支石墓)という。なかには絶妙なバランスで巨石が置かれたものもあり、これもアフリカ、ヨーロッパ、アジア、オーストラリア、南北アメリカの各大陸で見られる。
アフリカのアルジェリアのドルメン。
イギリスのストーンヘンジもドルメンと同じ積み方。また部分的に切込み接(は)ぎの石積みのように、上に乗る石が下の石に合わせて形を整えている部分がある。
⑨宇宙卵
オーストラリアのデビルズ・マーブルズには丸い巨石がいくつも存在し、先住民アボリジニーにカール・カールと呼ばれ、虹色の大蛇の卵と信じている。これは宇宙卵(うちゅうらん)で無を表す。
ポルトガルの宇宙卵であるアルガルベの卵には、2匹の蛇が絡み合った杖カドゥケウスのシンボルも見られる。
ミャンマーのチャイティーヨー山の頂上にも、絶妙なバランスで立つ大きな岩とパゴダ(仏塔)がある。
⑩レスリングや相撲
相撲やレスリングも世界の100以上の民族や場所で見られる。南米、オセアニア、アジア、ヨーロッパ、アフリカと、北アメリカ以外の異なった大陸で見られる。
西アフリカのセネガルのセネガル相撲。
南米アマゾンのカラパロ族のレスリング。
南米アマゾンのヤノマミ族のレスリング。
他にもアフリカのカメルーンではドゥアラ相撲、スーダンではトゥーバタ、ブルガリアではブルガリア相撲、オランダではボルステル、スイスのシュヴィンゲンというレスリング、スペインのカナリア相撲、オーストラリアのアボリジニーのコレーダ、キリバス共和国のカウンラバタなどがある。
メソポタミアの遺跡テル・アグラブで発掘された闘技像脚付双壺は、相撲を取る2人の青銅器の壺がある。キリスト教などの旧約聖書にもヤコブが天使と相撲をとった記述がある。
ギリシャ神話でも角力(相撲)の記述が見られる。神ヘルメスは商業と角力(“すもう”=相撲)およびすべての力技(ちからわざ)にわたっていたので、盗賊の守護神とさえされていた。ヘルメスは2匹の蛇の杖カドゥケウスを持っていてシンボルという結論だった。他にも地の神テラの息子のアンタイオスは巨人でかつ力士であった。彼は自分の国に来る旅人たちに、打ち負けたら殺されるという条件で自分と角力(相撲)を取らせた。
日本書紀でも野見宿禰(のみのすくね)が垂仁(すいにん)天皇の命により、当麻蹴速(たいまのけはや)と角力(相撲)をとった記述がある。
ここまでの10個の物的証拠の他にも、次の共通点も各宗教や神話に見られる。
・宇宙の創造神話
・神が赤子時代に何かに入れられて川に流された物語
・大洪水の物語
・粘土から人間を作り出す物語
・あらゆるものに霊魂や神は宿るというアニミズム
・樹木信仰
・獅子像
0 コメント