創世神話に共通する「無」 3/3

「無」の表現は他にも、絶対無(ぜったいむ)、創造主、魂(たましい)、霊魂(れいこん)、霊体(れいたい)、永遠、沈黙、静寂、意識、真我、愛、存在のすべて、大いなる存在、大いなる神秘、大いなる知性、グレート・スピリットなどの表現がある。


チベット仏教の
チベット死者の書では、空を意識としている。

空なるものの本質は明晰(めいせき)であり、明晰なるものの本質は空なるものである。明晰であり空であることが不可分(分けたり切り離したりできないこと)となっている意識は、赤裸々で生のままにむきだしの状態のものである。あるがまま、自然のままで無造作の状態のものである。これこそが本質を構成する自性身(じしょうしん=スヴァバーヴァ・カーヤ)にほかならない。そしてまた、この自性身自体の働きは、他に妨害されることがなくて、何にでも現れることができる。それが慈悲を本質とする化身(ニルマーナ・カーヤ)なのである。

「汝の身体は、潜在意識が形をとったものである。空なる意識からできた身体にほかならない。」

つまり空である無は意識のことを指している。


グレート・スピリットはネイティブ・アメリカンの創造主で、大いなる神秘のこと。スピリットは日本語で言えば魂(たましい)。魂は霊魂(れいこん)、霊体(れいたい)とも同じ。「魂は不滅」という表現も、魂である「無=意識」は不滅ということ。ギリシャ神話では霊魂のことをプシュケと呼び、そこに登場する神の名でもある。インドでは霊魂を示す言葉としてアス、マナス、プラーナ、アートマンといった言葉がある。


このように無から神が生まれ、そして天地や陰陽が作られ、宇宙が誕生し、太陽、月、地球、大地を作り、谷、川、動植物、人間などあらゆる生物を作ったという共通点が各神話で見られる。そしてこの天地創造の物語はビッグバンを表している。つまりこの宇宙は意識である「無」より作られたということを意味している。そしてこのビッグバンによって宇宙が誕生する前には、意識のみが存在したということでもある。


中国の陰陽思想を表す太極図(たいきょくず)は、太極のなかに陰陽が生じた様子が描かれている。太極は原初の混沌である無を表し、そこから陰陽に分かれる天地創造のビッグバンを表したものが太極図ということ。

 

またここでは無は卵として表現されていることも見られたが、これは宇宙卵(うちゅうらん)と呼ばれ、世界各地に石球として見られた。


エジプト神話の原初の大洋ヌンから生まれたラーやアトゥムには、太陽、紀章ウラエウス、手の十字のアンク、ウアス杖のシンボルが見られ、これらも共通のシンボルということ。このラー、アトゥムに相当するのが、上記にあるように日本では国常立尊(くにのとこたちのみこと)、ホピ神話ではソツクナングなど。

聖典バガヴァッド・ギーターで無を象徴する聖バガヴァットは「私はルドラ神群におけるシャンカラ(シヴァ)である」と述べている。このヒンドゥー教の主神シヴァは共通シンボルである1匹の蛇を首に巻き、三日月の装飾具、3つの刃がついた三叉槍(さんさそう)という武器などを持つ。つまりシヴァも共通シンボルも無を表したもの。またそこに出てきた聖バガヴァットと同一のプルシャ、ブラフマン、アートマン、クリシュナ、本初の神も、意識である無を表したものということ。

同じくバガヴァッド・ギーターで「私(プルシャ、ブラフマン、=無)は武器のうちのヴァジュラ(金剛杵)である。」と述べられている。その金剛杵もアイオーンの胸に見られる。つまり共通シンボルも無をシンボル化したもの。

 

1匹の蛇や三日月のシンボルが見られたサバジオスの手には2匹の蛇も見られたが、インドの蛇神(じゃしん)ナーガラージャや、古代中国の神の伏羲(ふっき)と女媧(じょか)も2匹の蛇の体で、無のシンボルという結論。中国のバイ族の神話には竜が出てきたが、竜も共通シンボルという結論で、ヨーロッパではドラゴンとなる。


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