創世神話に共通する「無」 2/3

・グノーシス主義ヴァレンティノス派では、原初・原父プロパトール。唯一存在したプロパトールが諸アイオーンを創造した。またヌースというアイオーンがキリストを生んだ。

・グノーシス主義セツ派では、至高神で両性具有の見えざる霊。そこから最初のアイオーンであるバルベーローが生まれる。

・グノーシス主義オフィス派のバルク書では、初めに何ものからも生まれずに存在した三つの原理。第一の原理は「善なる者」、第二の原理は「万物の父」または「エロヒム」、第三の原理は「エデン」または「イスラエル」と呼ばれた。

・ゾロアスター教の聖典アヴェスターでは無限時間(ズルワン)。「牛と天則を創造し給い、水とよき草木を創造し給い、もろもろの光明と大地と一切のよきものを創造し給うたアフラ・マズダー(スプンタ・マンユ)を、このようにわれらは崇める」。アヴェスターの中では、「無限時間」と「アフラ・マズダー」の登場箇所は異なる。

・後期ゾロアスター教のズルワン派では、ズルワーン(無限の時)。ズルワーンからアフラ・マズダなどが生まれた。

・北欧神話がまとめられた書物エッダでは、底なしの大洋と霧のような世界。霧の世界の南方の光の世界の空に雲ができ、その雲からユミルと呼ぶ霜(しも)の巨人およびその一族と、牝牛(めうし)のアウズンブラが生まれた。アウズンブラから生まれた人間の姿をした神は、オーディン、ヴィリ、ヴェーという三人の兄弟を作った。

・フィンランド神話カレワラでは、原初の海洋。世界の初めには大気の娘であるイルマタルがひとりで原初の海洋の上を漂っていた。

・ルーマニアの神話では一面の水。世界が創造される以前には、ただ一面に水だけがあり、その上に神と悪魔が居た。神は陸地を造ることに決め、悪魔に海の底に潜って、神の名によって大地の種を採って来るよう命令した。

・古代インドの聖典バガヴァッド・ギーターではいくつかの名前で呼ばれている。聖バガヴァッド、プルシャ、ブラフマン、アートマン、クリシュナ、本初の神、私など。「私は一切の本源である。一切は私から展開する。古
(いにしえ)の七名の大仙と四名のマヌは私と同じ性質を有し、私の意(こころ)から生じた。彼らから世の生来(せいらい)が生じた。」

・古代インドの聖典マハーバーラタの第一巻では大宇宙。
遥かな太古、未だ輝きも光もなく、闇一色に閉ざされていた大宇宙に、一切の被造物の尽きざる種子である大いなる「卵」が出現した。それはマハーデーヴァ(大いなる神、シヴァ神の別名)と呼ばれ、ユガ(時間)の始まりととともに産み出された。その中には「ブラフマー」が存在していた。この卵からピターマハ、マヌ、ダクシャとその七人の息子、水、天界、大地、空気、空、季節、週、日、夜などが誕生した。

・古代インドの聖典チャーンドーグヤ=ウパニシャッドでは無。「太初において、この無こそ存在した。それは常に存在した。それは展開した。かの卵が生じた。それは一年の間横たわっていた。その卵は(二つに)割れた。卵殻の一つは銀色になり、他の一つは金色になった。この銀色のものは大地であり、金色のもとは天である。(中略)この世に存在する一切のものと、あらゆる欲望とが現れた。」

・仏教の般若心経(はんにゃしんぎょう)では空(くう)。色即是空(しきそくぜくう)は「万物(色)を本質的に突き詰めると実体は存在しない(空)」の意味。

・チベット仏教の14世紀の王統明鏡史(おうとうめいきょうし)では、ただ際限のない空虚な空間。そこに十方(じっぽう)から風が起こり交錯(こうさく)しあって、十字の風といわれる風輪ができ、様々なものができていく。

・南アジア、アホム族の神話では太洋の水。始まりのとき、神も人間もいなかった。太洋の水が虚空を取り巻いていた。天地はまだ存在しておらず、空気もまだなかった。ただ全能の存在である「偉大な神」のみがいて、彼は巣の中のミツバチの群れのように浮遊していた。彼は宇宙に秩序をもたらし、大地を住める場所に変えた。

・フィリピンのタガログ族の神話では海と天。世界が始まったとき、陸地はなく海と天だけがあった。海と天の間にトビという鳥がいた。陸風と海風は結婚し、竹の姿をした子供をもうけた。ある日、この竹は水の中を漂っている間に、波打ち際でトビのあしを打ってしまった。怒った鳥が足をつつくと、突然ある部分から男が、別の部分から女が現れた。彼らは多くの子供を作り、そこからすべての人種が生まれた。

・モンゴルの創成神話では水。天地創造以前は一切が水であって、天も地も存在しなかった。そのとき神々の中で最高の神であり、全ての存在の創(はじ)めであり、人類種族の父であり母であるテンゲル・ガリンハン(テングリ・ハイラハン)が現われ、先ず自分と同じような形態の人間を作った。

・モンゴルの別の創成神話でも水。はじめ水だけがあり、天から仏教の神ラマが鉄の棒を持ってやってきて、かき混ぜはじめた。すると風と火が起こり、その水の中心部が厚くなって地球が誕生した。

・ブリヤート・モンゴル族の神話では原初の海洋。原初の海洋の上に、創造神ソンボル・ブルカンがいて、最初の陸地を作った。

・中国神話の三五歴紀(さんごれっき)では、卵の中身のように混沌とした状態。その中に盤古(ばんこ)が生まれ、天地が分かれ始めた。

・中国の道教では、道(みち)やひっそりして形のないもの。何かが混沌として運動しながら、天地よりも先に誕生した。それはひっそりとして形もなく、ひとり立ちしていて何者にも依存せず、この世界の母ともいうべきもの。別の箇所では、無という道(みち)は有という一を生み出し、一は天地という二を生み出し、二は陰陽の気が加わって三を生みだし、三は万物を生み出す、とある。道(みち)を神格化したのが太上道君(たいじょうどうくん)。

・中国の陰陽思想では、原初の混沌(カオス)。この混沌の中から陽の気が天となり、陰の気が地となる。
 原初の女「太元」は陰陽を含むという神話もある。


・古代中国の書物「易経(えききょう)」では太極(たいきょく)。太極は万物の根源であり、ここから陰陽の二元が生ずる。易経の著者は伏羲(ふっき)とされ、伏羲は2匹の蛇の体を持っていたので共通シンボルという結論だった。

・中国のバイ族に伝わる神話では大洋。大洋の底で眠っていた巨大な原初の黄金の竜が騒ぎによって目覚め、その腹から最初の祖先たちが生まれた。

・韓国の済州島(さいしゅうとう)に伝わる天地開闢(てんちかいびゃく)の物語では混沌。昔、世界には天も地もなく混沌のみがあった。ある時、混沌の中に隙間が生じ、天地王ボンプリが生まれた。

・日本書紀では、鶏(にわとり)の卵のような混沌。その時天地の中に一つの神、国常立尊(くにのとこたちのみこと)が生まれた。

・日本の古事記では高天原(たかあまはら)。「天と地が初めて現れた時に、高天原(たかあまはら)に成った神の名は、天之御中主(あめのみなかぬし)の神、次に高御産巣日(たかみむすび)の神、次に神産巣日(かみむすび)の神」。つまり天地が現れた時から存在し、神が生まれ出てくる高天原(たかあまはら)とは「無」のこと。

・北海道南部のアイヌ民族の伝承では、まだ何もない時。昔、この世に国も土地もまだ何もない時、ちょうど青海原(あおうなばら)の中の浮き油のような物ができ、これが空となり、残った濁ったものが島(現北海道)となった。その内、モヤモヤとした気が集まって神カムイが生まれ出た。

シベリアのレナ川沿いに住むヤクート人では原初の海。はじめ、白い創造主であるイリン・アイ・トヨンは原初の海の上を動いていたとき、袋が浮かんでいるのに気がついた。袋は、自分は悪の霊であり、水の下に隠された地面の住人であると告げた。そこでイリン・アイ・トヨンは「もし本当に海の下に大地があるのなら、急いでその1片を私のところに持ってきなさい」と言った。悪霊は袋から出て海に飛び込み、手に1杯の土を持って帰ってきた。白い創造主はそれを祝福して海面に置き、その上に座った。悪霊はその地を引き伸ばしてイリン・アイ・トヨンを溺れさせようとしたが、引き伸ばすほどそれはより強固なものとなり、ついには全くの大陸が存在するに至ったのを見て驚いた。


・北アメリカの先住民ホピ族で「無」は創造主タイオワ、トクペラ(無限宇宙)。トクペラからソツクナングが生まれ、宇宙を作った。

・北アメリカの先住民チュフウフト族の神話では、水と暗闇。始まりのときには水と暗闇しかなかった。暗闇が押し寄せては分かれ、とうとう暗闇が濃密に集まった場所のひとつからひとりの男が現れた。男は次のように歌った。「世界はそこにある。こうやって私は世界を作る。ごらん、世界はここにある。世界は仕上がった。」

・アメリカのカリフォルニア州南部のディエグェノ族の創成神話では、原初の塩の海。原初の塩の海から二人の兄弟が現れ、最初に大地を、次に月と太陽を、そして最後に男と女を生み出した。

・カナダのハイダ族の伝承では、原初の海。原初の海からワタリガラスが飛び立ち、ハイダ・グワイ(クイーン・シャルロット諸島)を出現させた。



・マヤ文明の神話ポポル・ヴフでは、ただ静かな海と限りなくひろがる空。創造主(ツァコル)と形成主(ビトル)、テペウとグクマッツ(ククルカン)、アロムとクァホロムだけが水の中で輝いていた。テペウとグクマッツが叫ぶと水の中から大地、山々が生み出され、その後、動物なども作られた。

南アメリカのコロンビア辺りに住んでいたチブチャ人では闇。始め、世界は闇の中にあり、光はチモニガグワと呼ばれる万物の創造主の中に閉じこめられていた。世界の創造は、創造主の中に閉じこめられていた光が外に向かって輝き出たことから、始まった。

チブチャ人の別種の神話では、光が創造される以前、世界がいまだ暗闇に包まれていた頃、そこにはイラカと彼の甥であるラミキリの二人しかいなかった。世界に自分たち以外の人間がいないことにうんざりした二人の酋長(しゅうちょう)は黄色い粘土で小さな像をつくり、それが男たちになった。ケックの茎を人形に切ると、それが女たちになった。



・南アメリカのペルー沿岸地域のインディオの神話では、この世のはじまりのとき、北のほうからコンという一人の骨なしの男がやってきた。ただ単純に自らの意志と言葉の力をつかうだけで、山を低くし、谷間を隆起させ、自らの進む道を容易にした。彼は自らがつくった男と女たちをもって土地を満たし、彼らに多量の果物やパン、その他の生活の必需品を与えた。

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